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「利己的遺伝子とは何か」

利己的遺伝子とは何か―DNAはエゴイスト! (ブルーバックス)

p40「ラマルクが主張していた獲得形質の遺伝だけは、絶対に認めるわけにはいかなかった。」

『種の起原』には獲得形質の遺伝を認めるような記述がある。

p113「ハミルトンは、個体に血縁を助けるような行動を起こさせる遺伝子を含有する遺伝子は、個体群の中でだんだん増えてゆき、淘汰上も有利になるだろう、と主張しているのだ。」
p124「この遺伝子は、ただ単にキノコを栽培する行動を起こしているだけで、自分たちの目的がアリの遺伝子を増やすことにあると思っているわけではない。ただ、このようなキノコ栽培遺伝子を持った遺伝子が自然淘汰上有利に作用して、進化の途上でアリの個体群の中に広がったというにすぎない。」

ときちんと解説してある部分も多いのですが、以下に意味不明の箇所を挙げます。

p96「集団生活をすることになると、育児だけでなく他のことでも、個体同士の間で協力関係がはじまる。」

 「はじまる」の意味が不明確

p125「利己的遺伝子は、自分や血縁者だけを助けるほど近視眼的ではなく、キノコを育てるほどかしこいのである。いや、ダーウィン進化論的な表現をすれば、自然淘汰という厳しい環境が、遺伝子をここまでかしこくしたというべきなのかもしれない。」

「遺伝子が近視眼的」「遺伝子がかしこい」とはどういう意味か。遺伝子は思考も判断もしない。比喩なのでしょうか、比喩ならもっと上手にするべき。

p113「遺伝子は利己的だが、まわり道をして目的を達する程度には忍耐強くてかしこいものだといえるのだろう。」

「遺伝子は利己的である」の意味を著者は勘違いしていると取られてもしかたない。または、読者を誤解に導くまずい表現です。

p142「たとえば、ここに、利己的遺伝子と、利己的でも利他的でもないファジーな遺伝子(ハトに相当)からなる集団があったとしよう。」

著者は「利己的な遺伝子と利他的な遺伝子がある」と考えているのか。原著にはそうは書いてないし、読者の誤解を導く。

p189「こうしたハヌマンラグールの子殺しという意外な行動も、利己的な遺伝子の生き残り戦略としてなら納得できる。新たに群れを占領したニューリーダーのオスにしてみれば、種の保存などは二の次として、まずは自分の遺伝子を残そうとするのは当然のことである。」

リーダー交代時に子殺しをさせない遺伝子よりも子殺しをさせる遺伝子の方が、何らかの理由で遺伝子プール内で増加したということ。理由を説明した文章を読んだ記憶があるが、忘れてしまった。

p198「こうした托卵鳥の行動は、ドーキンスの言う利己的な遺伝子の存在を示唆しているように思われる。」

「利己的な遺伝子の存在の示唆」ってどういう意味ですか。この本は「利己的な遺伝子」を解説するものではないのか。そうであるならきちんと解説して欲しいし、批判する気ならきちんと批判すべし。どっちにしろ「示唆」はおかしいですね。

p200「自分自身の遺伝子だけがより多く残ればいいという、ドーキンス流の考え」

そんなこと言っていません。自分自身の遺伝子だけが生き残っても自分のコピーは次代以降増えません。例えば、肉食動物または、動物が徐々に進化し肉食化していく際に、するどい犬歯の遺伝子だけが生き残っても仕方ないわけです。一緒に肉食に適した消化器系や、獲物を捕らえる様々な能力のための遺伝子も「セット」で生き残らなければならないのです。そんなことは著者はもちろん分かっているでしょう。これも比喩なのでしょう、でももっとドーキンスのように巧くやって下さい。

p200竹内久美子『そんなバカな!』の引用「小児喘息について私が怪しいと思うのは、この病気がまず死には至らないもので、ある年齢に達するとケロリの治ってしまうということだ。もちろん、発作の時の苦しみは、今度こそ死ぬんじゃないかと思うほどに強烈だし、発作を恐れるあまり睡眠が浅くなり、だんだんと身体が衰弱していくのも事実だ。しかし、それでも決して死にはしないのである。利己的遺伝子は少なくともこの病気によって個体を死に至らしめようとは考えていない。その代わり、あの強烈な症状を周囲に向かってアピールしようとしているらしい。 親は病気で苦しむ我が子を不憫に思い、他の子よりも布団を1枚余計に掛けるようになるだろう。今夜は発作が起きはしないだろうかと、その子の健康状態に常に注意を払うようにもなるだろう。そうすると結局のところその子は、ゼンソクなど起こさず、外で元気に遊び、”あの子なら心配いらない”と親が気を抜いている子よりも案外有利に生き延びていくかもしれないのである。私が小児ゼンソクを脅迫や操作だと思うのはこういう理由からである。」


データ
喘息持ちの方はこの著者達を訴えましょう。アメリカなら勝てるんじゃないですか。

p231「竹内は著書『そんなバカな!』の中で、ドーキンスの考えを驚くほど上手に解説した。」

読んだことはないが、評判は悪いらしい。または高度なジョークという鋭い意見も。

p210「こうしたアオアズマヤドリの求愛行動にも、やはり利己的な遺伝子が関係しているようである。ライバルのあずまやを壊したり、飾りを盗んだりすることは、自分と関係のない遺伝子が増えるのを妨害しているように思われるからである。」

遺伝子が自ら意思を持って行動を起こさせているわけではない。一般の読者が勘違いするような表現はするべきでない。進化学者はいろいろな比喩を使って説明するが、使うなら上手に使って欲しい。

p244「ダーウィン進化論の誕生からすでに130年の歳月が流れたというのに、自然淘汰はただの1度も観察されていない。」

130年というのは進化を観察できうる長さなのか、勉強してみます。今までの勉強では、たったの130年では無理なのではと思います。


 人間に当てはめる場合には、注意が必要なはずで現に、

p163「人間のすべての行動が本能的なものであるとは考えられない。」
p165「人間が行っている農業や牧畜が、本能的な行動ではないことは明らかである。狩猟本能、生産本能はあるとしても、何も教わらない人間はおそらく農業や牧畜は行わないだろう。人間にとって、これらの行動は伝統や文化の所産であって、直接、遺伝子の命令でやっているのではないだろう。」
p234「『利己的な遺伝子』の中でドーキンスは、人間の脳が遺伝子に対して反逆できるほど十分に、遺伝子から分離し、独立した存在であると断った上で、」

と書いているのにもかかわらず、以下のようなおかしな記述が目立つ。

p118「夫婦はお互いに愛情を持ち、協力し合った方が子どもを育てる上に好都合である。だから、血縁度ゼロでも、愛情を持った方が、結局は自分の遺伝子を残す上で有利だから、愛情を持つのだと説明出来なくもない。血縁淘汰説で夫婦の愛情をどうしても説明しようとすると、こういうことになるが、少し抵抗を感じられる向きもあるかもしれない。」

「動物の行動には遺伝子の支配による本能的行動と、学習による行動又は大脳の支配による行動がある」と別の箇所に書いてあったのに、ここではそれに触れないのですか。愛情は本能のみによる行動なのでしょうか。

p212「さすがのドーキンスも、どうして人間の場合は、オスがメスを選ぶようになったかについては、まったく説明できないようで、現在の西洋人はどうなっているのだろうかと、悩むだけなのである。」

脳や文化の話で遺伝子・本能、進化の話ではないでしょう。

p235「ただひたすら増えようとする遺伝子と、少なくとも未来に対するビジョンをもつことのできる脳の争いが、ドーキンスのいうように、人間の脳の勝利に終わることを心から期待したいものである。」

入門者向けの本だからといって、原典を読み込まなかったり手を抜いたり、誤解を招く様な表現を使ったり、おかしな引用をしたりせずに、きちんと書いてくれる著者が増えることを心から期待したいものである。
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 進化生物学を学ぶアマチュアです。本業は数学教師です。ほとんど自己満足の日記と化してますが、コメントどんどん下さい。質問・議論・アドバイスも歓迎です。

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