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「生物のかたち」

生物のかたち (UP選書 (121))生物のかたち (UP選書 (121))
(1973/01)
ダーシー・トムソン

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 生物の本と言うより、数学の本、いや建築や構造の本という感じ。非常に面白い。

p4 生物と無生物の根本的な差異の研究は多くの人々の心をとらえてきたが、一つ一つの研究にあてはまる原理の共通点についてはほとんど研究されていない。それは差異があまりにも大きくみえたせいであろう。ドゥナンのいったように、「物理科学の法則は、規則性のある統一のとれた場においてのみあてはまるのであって、生命現象のような不統一で、しかも混沌とした場では顔を出す余地がない」のである。もっとも、物理学者は自分たちのみる物理現象は生命現象と同じくらいに多彩で変化に富んでいると考えている。たとえば、波や砂浜のほうきで掃いたような曲線、雲のかたちなどはすべて謎であり、重要な課題であると考えている。そして、物理学者は自然の事象を観察し、これまでに探求されてきた現象を参考にしながら、力学の考え方を用いて直截に解明してしまう。そのとき、物理学者の頭の中には確かに目的論的意識が内在しており、自然の調和と完全性について瞑想することはあるらしいが、それは探求の際の物理学的思考とは別のものなのである。

 下の方にもあるけど、物理学者と生物学者の思考の違いの話。面白いですね。

p21 さて、2匹の動物の大きさの比が1:50であれば、その発声する音の振動数の比は1:2500となり、オクターブにして10ないしは11倍の差が出てくることになる。同様なことが鼓膜についてもいえる。<中略>昆虫は驚くほど高い振動数の音を奏で、また感覚できる。翅さえもが1秒間に何百回も振動できるのである。おそらくこれらの動物においては、1秒間という時間がわれわれとは桁違いに長く感じられ、したがって時間の推移もわれわれのそれとはまったく異なっているのであろう。

 「ゾウの時間ネズミの時間」にも昆虫と我々では時間の感じ方が違うのでは、という話があったが、ここでは根拠が違っている。

p39 平衡状態:ある系で高い確率で最も存在しやすい状態、あるいは最も完全に維持できる状態(ボルツマン)

p73 マービンの実験 鉛の散弾を鉄の円筒につめ、1平方インチ当たり1,000~35,000ポンド(1c㎡当たり70~1,600kg)の圧力で押しつけた。このとき、散弾が最密充填であった場合には、つぶれた散弾は規則的な斜方十二面体となったが、散弾を円筒内に乱雑につめたときには、各粒子の面の数の平均値が加えた圧力とともに変わり、1,000ポンドのとき約8.5、10,000ポンドのとき約12.9、35,000ポンドのときには14.16以上であった。面の数が14面以上ということから石鹸の泡にみられる十四面体を想像しがちだが、実際はそうではない。散弾のかたちはかなり不規則であり、面のかたちは五角形が最も多かった。この実験は、ある限られた空間内の乱雑な充填状態についての知識を提供はするが、生物学的な意味はないようにみえる。しかし、奇妙なことに、フジバカマの髄の細胞にも五角形の面をもった類似の構造がみられている。

 この実験も面白いですねぇ、発想が素晴らしい。こういう実験をしてみようって思ったことがすごいと思う。

p82 パスツールによれば、生命現象とそうでないものとの根本的な違いの一つが、この分子の非対称性にある。さらに彼は、この現象は現在(1860年)、生物の化学と無生物の化学の間のただ一つの境界線であると主張した。その約40年後、同じテーマを追求したヤップ教授は、「片方の対称性をもつ物質を両方の対称性をもつ物質の混合物から選び出すことは生命現象の特徴であり、生物のみがこれを成しうる。すなわち、非対称性をもつものだけが非対称な物質を合成できる」と結論した。この最後の言葉が重要な点である。

 「生物と無生物のあいだ」にも載ってたし、聞いたことありますよね。有機化学で鏡像体って言ったかな。

p119 物理学者は、無生物の世界で液滴や泡のかたちを物性によって説明し、数学的に解析して分類しようとする。しかし生物学者は、生物の世界にあるかたちや構造や配列の多様性を直視するとき、遺伝や進化のことを考え、また、個体発生は系統発生をくり返すこと、地理的に遠く離れたところで生活してたり、生存した時代がかけ離れていたりするにもかかわらず、似たかたちの生物には共通の起源があるという問題、また、機能の適性、環境への適応の問題、高等か下等か、優れているか劣っているかの問題、等々、多くの問題をかかえこんで考えをめぐらすのである。これが物理学者と生物学者の”説明”のしかたの根本的相違点である。



p129 自然淘汰によって、どのようなつのの大きさ、かたちがつくられ、変えられ、失われるかを想像すること、すなわち、防御や攻撃や他の何かの目的に最も有効なつののかたちを想像することは、非常に難しいことである。

 確かに難しい。だが、動物行動学者を中心に、多かれ少なかれ生物学者はみなそれに日々取り組んでいるわけですよね。
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 進化生物学を学ぶアマチュアです。本業は数学教師です。ほとんど自己満足の日記と化してますが、コメントどんどん下さい。質問・議論・アドバイスも歓迎です。

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