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「水辺で起きた大進化」

水辺で起きた大進化水辺で起きた大進化
(2000/01)
カール ジンマー

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p45 <中略> このようにダーウィンのオリジナルな考えと20世紀遺伝学とが合体した理論体系は、ネオダーウィニズムと呼ばれている。その枠内で語られる、遺伝子が進化して拡散し、新種を形成する仕組みは、事象をうまく説明する機構として広く受け入れられている。そして当初は、小進化に関するこの説明を数千世代、数万世代まで延長すれば、化石の記録に残されているような変化も生み出されうるという見方が主流だった。しかし、生命の実際の歴史を解明するには、大進化の科学を独立させねばならなかった。そのための第一歩は、生物―現生種と化石化して久しい種の両方―の類縁を理解することだった。

 何度も書いているが小進化と大進化の問題はもう少し勉強しなければならない。

p70 トムソンには、従来のシーラカンス像はひどく場違いなものに見えた。「現生する肺魚は淡水で生活しているでしょ」と、トムソンは語る。「原生する両生類の大半も淡水生です。、じつは二種ばかり、海生のカエルみたいなやつがいるけれど、それ以外はすべて淡水生。そこで、例外を無視するなら、原生する両生類は肉鰭類の子孫なのだから肉鰭類も淡水生だった、ということになる」。

 皮膚呼吸する関係で浸透圧の問題らしいが調べる必要がある。

p97 ヘッケルの考えを予想外の観点から救出する先鞭をつけたのは、数学者のアラン・チューリングだった。物理学という無機的で殺伐とした分野に身を置く科学者たちは、ときとして生物学を格好の息抜き場所と見なす。たまには緑あふれる島を訪問し、草分けとなるような発見をして再び量子の大平原へと戻って行くというわけである。そういう連中は、電子や陽子の法則を知っていて、微分方程式が解けるなら、生命の仕組みなどわかっているも同然と自負している。そんな科学者の大半は、結局は生物学に楽園を見つけることもなく、いつのまにか姿を消すか、早々に立ち去るかである。しかし少数ではあるが、アラン・チューリングなどのように、生物学の独創的な原理を発見した人たちもいる。

 これは面白い話ですね。

p111 <中略>1980年代末に、ニワトリやマウスの胚でも、昆虫のホメオティック遺伝子とほぼ同じものがはたらいていることが発見された。ヒトのホメオティック遺伝子をショウジョウバエのDNAに入れてやっても、それに相当する昆虫のホメオティック遺伝子と同じように働く。

 ホメオティック遺伝子は面白いですよねぇ。【八本足の東大寺の蝶】

p144 もちろん、進化はトリックを演じる。系統がある形質を進化させた後でそれを消失することもありうるのだ。類縁関係の遠い動物が、ときとして驚くほど似た形態を進化させることもある。そういうことが起きるのは、同じ種類の環境で同じような生き方をしようとしたためか、使える遺伝的変異が限られたせいで同じような形態を生んだためとも考えられる。触覚の長い二種の蝶は、もしかしたら触覚の長かった祖先の子孫ではなく、それぞれが独立に長い触覚を発達させたのかも知れない。こうしたトリックにだまされないために、科学者たちは節約の原理というものに頼る。ある生物の進化を調べようとする場合、既知の事実と矛盾しない最も単純な仮説から出発するのだ。ここで言う単純さとは、ある形質による種のグループ分けを行ううえで仮定する進化のステップ―新しい形質を獲得したり古い形質を消失する回数―がいちばん少なくてすむ樹形を見つけるという意味である。ここで例にあげた三種の蝶の場合は種数と形質の数が少ないため、真の樹形を正しく推定するのは難しい。しかし、問題にしているグループ(この場合は蝶)をそのグループ外の種(例えば甲虫やバッタ)と比較するなど、検討する種数を増やして形質数も増やせば、収斂というノイズに煩わされることなく、真の類縁関係を教える目印が明確になる場合が多い。

 系統樹に関しても1冊ちゃんとしたのを読みたいですね。

p173 羊膜類というグループは、われわれが思うほど自ら自由だったことはない。水を飲むために池に戻るし、まだ魚を補食しているし、なかには完全に海に戻ってしまった種類もいる。さてそこでわれわれ人間だが、グリーンランドの川にすんでいたアカントステガからほんとうにすっかり遠く隔たってしまったのだろうか。ちがいは、われわれはもう、水辺に行かなくてもいいということだ。なにしろ、水を運んでくるのだから。人間の大発明としては、言葉とか石器とかいったものがよくあげられる。しかし私の一推しは水道管である。

 過去2000年最大の発明とか人類最大の発明とかよくあるけど、水道管ってのは初めて聞いた。

p178 <中略>唯一ハンドウイルカ(バンドウイルカ)だけが、生理学、流体力学、解剖学、動物心理学からの総合的な研究が進んでいるのだ。ハンドウイルカは、一般の人々にもいちばんなじみ深いクジラ類である。『わんぱくフリッパー』の主人公がこのイルカだし、観覧席を満員にするイルカショーを演じているのも、映画で愛嬌をふりまいているのも、ガラス細工やイヤリングのモデルも、ニューエイジ・サイコセラピーや妊婦の胎教に動員されているのも、すべてハンドウイルカである。科学研究の標準的な実験動物となったものは、ショウジョウバエ、ラット、ゼブラフィッシュ、線虫など、決して多くないが、そのなかでもハンドウイルカは、ポスドク(博士研究員)以外の万人に敬愛されている唯一の実験動物である。

 へぇ~、へぇ~、へぇ~

p195 ハワイ大学のルイス・ハーマンの研究チームは、自分たちが工夫した特殊なサイン言語をイルカに教えることに成功した。<中略>この研究は、イルカは文法を解し、抽象的な概念を個別の事項としてだけでなく多の事項との関連性も含めて操作できることを教えている。こんなこともあった。輪をくぐれとイルカに指示したのだが、輪はプールの底に沈んでいた。するとイルカは、底まで潜って輪を口に引っかけ、指示通り輪くぐりのできる位置にきちんとセットしたというのだ。
 人間の子どもと同じで、イルカもこの言語を、規則よりもむしろ具体例によって覚える。たとえばハーマンがイルカ相手に考案した言語で"人・水・輪・取る"
という組み合わせのサインは、このままでは意味をなさないサインである。人間の被験者に人工言語を教え、意味をなさない指示を出すと、その指示から何とか意味のありそうな内容を引き出してい対応する。じつは、イルカもそれと同じことをする。イルカは頭の中で、与えられた指示の中から"水"という単語を除き、"人・輪・取る"と理解して、指示を当てた人に輪を持ってくる。"人・水・取る"というようにまったく何の意味もなさない指示だと、イルカは人間がたわごとを発するのをやめるまでじっと待っている。いちばんの驚きは、ちょっとした新しいことをやるようにという指示が通じることだろう。いつものおもちゃの使い方のちょっとした変更や、それまでやったことのない曲芸でも、指示通りうまくこなすのだ。二頭のイルカに向かって、新しいことをいっしょにやるようにという指示を出すと、ただちにプールの中央に突進して、指示通りのことをやりこなしてしまう。二頭のイルカがその独創的な動作の分担をどのように決めているのかは、イルカのコミュニケーションが理解出来る日が来るまで謎のままだろう。

 すごい実験です。動物行動学の実験はよく考えられていて面白い。ミネカの論文ゲットせねば・・・。

p259 しかし、本物の先祖返りもたくさんある。それらは、進化の指標としても重要だし、ときには進化の推進役としても重要である。別の遺伝子Bのスイッチをオンにする遺伝子Aについて考えてみよう。突然変異が起きて遺伝子Aがノックアウト(不活化)されると、遺伝子Bは、いつでもはたらける状態のまま数百万年も沈黙を守ったまま生きつづけるかもしれない。やがて、新しい突然変異が起こって遺伝子Aを復活させたり、Aと同じ働きをする別の遺伝子が新しく進化するとする。いずれの場合も、遺伝子Bは突如として特定のタンパク質の生成を再開できるわけで、そのタンパク質が胚発生のカスケードの口火を成城に切るとしたら、この復活芸はたいそう劇的なものとなるだろう。
 たとえば、ある種のサンショウウオは、子どもの姿(幼形)のままで一生を送る。水中で孵化して幼生になった後、成体への変態はせずに、鰓をもったまま、死ぬまで水中生活をするのだ。メキシコにすむアホロートルというサンショウウオが変態を抑制された生活を送るのは、一部の種では、一個の遺伝子が沈黙を守るせいである。正常ならばチロキシンというホルモンの生成を促す遺伝子が働かないのだ。そこでアホロートルにチロキシンを注射すると、成体への変態を引き起こす多数の遺伝子のスイッチを最終的にオンにする信号を細胞に与えたことになる。アホロートルの別の種では、その経路は水温などの外的な刺激に左右される。アホロートル類がメキシコ高地に分布を広げたのは、わずか1000万年前のことで、それ以降に何十種にも進化した。分岐図によれば、この1000万年のあいだに、変態しない種から変態する種が進化し、変態する種から変態しない種が進化し、両方の種からどちらでも可能な種が進化している。ようするに、チロキシン遺伝子のスイッチは、1000万年間にオンにされたりオフにされたりをくり返してきたのだ。アホロートル類は、先祖返りを経験しているだけでなく、先祖返りをくり返しながら新しい種を生んできたのである。

 面白い。新しい種の誕生にはいろいろなパターンがあるということをようやく納得した感じ。

p261 生物学者は、遺伝子や細胞のレベルでは、進化の過程で期間や構造が失われる仕組みをかなり解明している。<中略>動物が暗い生息場所に移動する場合、洞窟に滑り込んだイモリであれ、夜に飛ぶコウモリであれ、深海に潜行した魚であれ。その眼は、縮小するどころか、薄れ逝く光を少しでも多く集めようとばかりに拡大する場合が多い。<中略>しかし動物はいつかは、対応してもしょうがないほどの暗さに行き当たる。それ以上の暗さでは、眼の改良への投資が見合わなくなるのだ。そうすると眼は球速に縮小してピンで刺した穴くらいになり、皮膚で覆われて痕跡を残すのみとなる。

 そうか、初めから縮小へ向かうのではなく、拡大した方が有利な時期があるんだ。納得。


 この本は、タイトルを見ると「海辺」ってのに目がいってしまうけど、大進化の本なんですよね。読んでもいまいちピンとこなかったけど。でもカール・ジンマーの文章は読みやすくて面白いからどんどん読み進められる。

ここにいっぱいあります。


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theme : 生物学、生態学
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 進化生物学を学ぶアマチュアです。本業は数学教師です。ほとんど自己満足の日記と化してますが、コメントどんどん下さい。質問・議論・アドバイスも歓迎です。

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