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「ゾウの時間ネズミの時間」

 ブクオフで100円だったので、懐かしくて買ってしまった。
ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)
(1992/08)
本川 達雄

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 ネズミは数年、ゾウは100年近く生きるが一生の間に心臓が拍動する回数はほぼ(かなり大雑把だろうが)5億回で同じだそうだ。だから寿命は違っても案外一生を生ききった感覚は、ネズミもゾウも変わらないのではないか。というのがこの本のとっかかり。
 もちろん、ネズミにもゾウにもそんな感覚(=意識)はないのだが、擬人化して説明している。興味を持たせるきっかけとしては非常に面白い視点だと思う。本の内容はサイズの生物学である。大きさが違うと体の構造や生きる仕組みが変わってきますよと。サイズという視点を通した生物学入門になっている。非常に売れた良書。ただし、かなり大雑把でいい加減な所もあり、また強引なところも多い。
 この本に影響を受けてかどうかは知らないが、一昔前に、ウルトラマンやゴジラなどを科学的(笑)に分析した本が流行った。その中でも、サイズについての言及があったように記憶している。むろん立ち読みだが。

 例えば、イヌとウマとゾウを想像して欲しい。大きさは違うが形はどうだろうか。相似(形は同じで大きさが違う)だろうか。4本足の動物という意味では似たようなものだが、違う点がいくつかある。目立つのは足の太さだ。イヌをそのままの形でゾウのサイズにしてみよう。なんか変ですよね。そんな動物いなさそうです。なぜでしょうか。それは、その脚の太さでは身体の重さを支えきれないのです。一般に、長さが2倍になると面積は4倍、堆積(=体重)は8倍になります。イヌの長さが2倍になると体重は8倍にもなるので、同じ足の太さでは支えきれなくなります。だからカバやゾウはネコやイヌより足が太いのです。ウルトラマンもあんな足の細さでは自分の体重を支えきれないはずなのです。ゴジラの足はまあまあ太いけど。

 このようにサイズが異なるとデザインも異なっているという話です。非常に面白い。もっと深く勉強してみたい。ガリレオの「新科学対話」にもこの話題があるので入手したい。

参照:「適切なサイズについて」

以下、メモ

p3 体のサイズと時間との間に、なにか関係があるのではないかと、古来、いろいろな人が調べてきた。

 ガリレオ、ホールデン、その他
スケーリング 動物設計論―動物の大きさは何で決まるのか
生物の大きさとかたち―サイズの生物学 (SAライブラリー)
生物のかたち (UP選書 (121))

p9 コープの法則:同じ系統の中では、大きなサイズの種は進化の過程で、より遅れて出現する傾向がある。
 大きいものだけに注目すればコープの法則が成り立つが、それは多様さが増したことの一面を見ているにすぎない。

p17 島の規則:島に隔離されると、サイズの大きい動物は小さくなり、サイズの小さい動物は大きくなる。

p25 炭水化物であれ、脂肪であれ、タンパク質であれ、どの栄養素を燃やしても、発生するエネルギー量はほとんど変わらず、酸素1リットルあたり20.1キロジュールが得られる。

p26 標準代謝量:絶食させて、暑くもなく寒くもない状態で安静でしているときのエネルギー消費量(維持代謝)

p30 体表面積の法則:鳥やけもののような恒温動物では、体温を一定に保つために、いつも熱を生産し続けなければならない。熱は体の表面を通して逃げていく。だから逃げていく熱量は、体の表面積に比例するだろう。逃げた分だけ熱を作り出せば体温は一定に保たれるから、体温の維持に必要なエネルギーは体の表面積に比例するに違いない。保温のためのエネルギーが標準代謝の多くを占めているとするなら、標準代謝は体表面積に比例するはずだ。

p32 ベルクマンの規則:恒温動物では、同じ種で比べると、寒い地方に住む個体ほど体が大きい。また、近縁の種で比べると、大型の種類ほど寒冷地に住む傾向がある。

p35 換算の仕方は、温度が10度高くなれば、代謝速度は2.5倍になるとして計算する。

 根拠は?

p39 予測値との差はたかだか3割

 たかだか3割とは何事か。

p48 社会行動の進化と動物のサイズとの間に密接な関係がある

p54 哺乳類ではサイズの大きなものほど社会行動が発達する傾向がある

p89 粘性抵抗:水は粘りけ(粘性)をもっており、この粘っこさがサラサラと流れていこうとすることに抵抗する

p91 慣性力=質量×加速度
レイノルズ数:慣性力と粘性力との比

p98 拡散:熱運動により、分子が動いて行くこと

p101 一方、サイズが大きくなると、体表面から体の中心までの距離が長くなり、拡散だけにたよっていては、時間があまりにかかりすぎる。

 昆虫のサイズの限界であるとホールデンが書いていた。

p102 循環系:体じゅうの水を引っかき回して酸素や栄養物の濃度を一定にするための攪拌装置

p102 われわれ大きい動物は、呼吸系や、それと密接に結びついた循環系という複雑な構造を進化させてきたが、これは、<表面積/体積>問題を解決しようとした結果である。

 「複雑だから大きいのではなく、大きいから複雑なのである」ホールデン

p108 体の一部を外側にふくらまして突きだしたのが鰓で、逆に内側にふくらまして陥没させたのが肺である。

p120 ここで注意しなければいけないことは、単純明快さを求めるあまり、意識するとしないにかかわらず、事実を曲げてしまう危険性があることだ。脳重に関していえば、脳と表面積と情報量とを関係づけた説明があまりにあざやかだったので、2/3乗というのが真の値と信じ込み、現実に得られたかなりバラついた計測値を、なんとかこの「真の値」に近づけようとして、データをかなり恣意的に取捨選択したふしがある。単純化・抽象化のもつ魅力と魔力には、くれぐれも注意したい。

 この本にも感じた。

p126 深い穴にウマが落ちれば、底にぶつかったときにグシャッとつぶれて、それでおしまいだが、ハツカネズミなら落ちても底でピンピンしている、こうホールデンの本に書いてあるよと、そんな話題が昼飯のときに出た。

 正確には「mouseを1000ヤードの坑道に落下させると、地面が柔らかければだが、底に到達すると小さな衝撃を受け歩き去る。ratなら死んでしまい、ヒトなら壊れ、horseなら砕け散る。」

p129 ガリレオが予測

p130 座屈「一本の柱を、今度は垂直に立てるとしよう。太さを変えずに柱の長さをむやみに長くすることはできない。長くなると、自分の重さだけでくたっと曲がってしまうからだ。

p136 力学的相似:レイノルズ数は慣性力と粘性力との比であった。この比を等しくすると、サイズが変わっても幾何学的に相似な物体のまわりの流れは同じ状況になり、物体のいろいろな部分に働く力の相対的な大きさは、サイズによらず同じになる。

p145 骨の大部分は生きていない物質である。
かたい骨格をつくらないミミズのような動物でも、水を骨がわりに使った静水骨格をもっている。

p147 液胞:植物の細胞の大きさをかさ上げする、毒を貯めている。

p148 ためしに風船をふくらませてみよう。はじめはずいぶんと力んで息を吹き込まなければいけないが、ある程度ふくらんでくると、あとは楽に大きくできる。直径が大きくなればなるほど、ふくらます圧力は少なくてすむからである。

 ゴムの厚さじゃなくて?

p154 あまりに強引、とお感じになる方もあるだろう。ご批判を乞う。

 確かに多々ある、でも、生物学に興味を持たせるという役割は非常に巧くこなしたと思う。

p155 昆虫のように小さければ多くの変異を短時間で生み出すことができる。

p164 気管を脱皮するむずかしさが、昆虫のサイズの上限を決めていると私は考えている。

 ホールデンは、拡散による気管の長さの限界と考えた

p173 サンゴはイソギンチャクのごく近い親戚

p174 個体は遺伝子を入れておく袋であり、擦り切れてきたら新品に交換するようにできている。

 利己的遺伝子ですか。

p214 「個体発生は系統発生を繰り返す」とは簡単には言えない
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theme : 自然科学
genre : 学問・文化・芸術

ユリカモメの雛食い

チドリ目カモメ科カモメ属(Larus ridibundus)
yurikamom.jpg

 ユリカモメは大きなコロニーを作って営巣しますが、その巣と巣はわずか数十センチしか離れていません。かえりたての雛は小さくて無防備で、捕食者にとっては大変飲み込みやすいのです。あるカモメは隣のカモメが巣を離れるのを、たぶん魚をとりに出かけるのを待って、そのカモメの雛に襲いかかり、丸飲みにしてしまうことがよくあります。こうして、そのカモメは魚をとりに行く手間を省き、自分の巣を無防備な状態にさらさないで栄養豊かな食物を手に入れることができます。

theme : 自然科学
genre : 学問・文化・芸術

「クローン、是か非か」

  序

 ロスリン研究所のイアン・ウィルムットと共同研究者たちが、雌ヒツジの乳腺細胞からのクローン作成に成功した(ドリーと命名)と発表したとき、いたるところで激しい感情的反応が起きた。クローニングの実験は、少なくとも40年以上行われてきたわけだが、ドリーの出現によって、近い将来、ヒト・クローンの可能性に直面せざるを得なくなることがはっきりしたことが問題なのだ。これは、まだ思考実験にすぎないが、それでも動物クローンができたという事実以上に、人々の不安をかき立てるものがある。誰でもとは言わないまでも多くの人は、クローニングは人類の歴史におけるあるターニングポイントを象徴すると考えている。今後の見通しについては、警戒心を持つ人、嫌悪を感じる人、喜ぶ人、これまでの生命観がいずれ通用しなくなるだろうと嘆く人などさまざまだ。もちろん、この事態を冷静に事実として受け入れ、恐ろしいことと決めつけずに、科学の自然な発達に任せるべきだと主張する人もいる。とにかく多くの人が、さまざまな疑問を投げかけたのだ。

クローン、是か非かクローン、是か非か
(1999/08)
マーサ・C. ナスバウム、

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以下のような構成になっていました。

第一部:解説(生物学)
第二部:批評(人文科学・社会学)
第三部:規範(倫理学・宗教学)
第四部:政策(経済学・社会学・法律学)
第五部:フィクション(短編小説2編・詩1編)

 非常に広く扱われているので、専門家でないならば、クローンに関してはこの1冊で十分ではないかと思った。基本的なことは大体分かったし、フィクションまで収録されてて、しかもそこそこ面白かった。さすがに詩は斜め読みしてしまったが。

以下、目に留まった点

p157 社会政策や法律は、重大なリスクが見込まれるときや、子どもが深刻な遺伝病にかかっていることがはっきりしているときでも、親が子どもをつくり、妊娠を続けることを許容している。それは倫理的に間違いだと他人が思ったとしても、親にはそれを続ける生殖の自由がある。クローニングに危険がともなうといっても、それは、遺伝病が子どもに受け継がれる危険度より低いと言える。

 まだ研究が揃っていないだろうが、遺伝病より危険は少ないというのは有り得ると思う。

p160 カリフォルニアのアヤラ夫妻は、白血病に冒された十代の娘を救おうと、骨髄ドナーにするため、第二子をもうけた。おなかにいる子どもがドナーになれなくても、その子自身を愛し尊重しよう、他の家族と同じように扱おうと、夫妻は話し合った。下の子を欲しがったのは、上の子の命を救いたかったからだが、だからといって、下の子をその子自身として愛さなかったり、尊重しなかったりするわけではない。

 話題になりましたね。これが有りならクローンも有りとしてよいものかどうか。

p173 たとえば親であれば、自分の子どもの中にある、どんな人にも備わっている本質的な価値と、特殊な性質や能力に基づく道具的な価値とは区別できる。全ての人に認められる倫理的な価値や人格と、個人によって違う道具的な価値とは、重なる部分がまったくないわけではない。アインシュタインと、才能に恵まれない物理専攻の大学院生では、科学者としても価値は天と地ほど違うが、人間としては同じ倫理的価値と尊厳を与えられている。これら二種類の価値と尊厳を一緒にしてしまうのが、混乱のもとなのだ。一人の人間から大量のクローンをつくることにより、その傾向が助長されるのならば、やはり一人からつくるクローンの数を制限しなければならない根拠となる。

 混乱のもと、までは同意だけどその後はよく分からない。

p212 当時の哲学者、宗教学者の多くが(ジャック・マリタンなど、文書作成に参加した何人かの学者も含めて)、ある人権が「基本的」であるという全会一致の理由が見つからなかったのを非常に残念がった。それからほぼ五十年たった今でも、それよりはるかに複雑なヒト・クローニングについての倫理的問題に、万人の合意を得られると真面目に考えている人がいるのだろうか。この議論にあたっては、人権についてだけでなく、人間を真に人間たらしめる意味について熟考する必要がある。1948年当時よりも、はるかに多様で複雑になったグローバルな状況の中で、何らかの社会的コンセンサスを得られるものだろうか。具体的な処置の選択である。禁止するべきか、一定の猶予期間をおくべきか、走力を上げて研究をおしすすめるべきかという判断だって難しい。議論に参加する人の範囲を広げることくらいしか考えられない。そのためにはまず、科学者ではない私たち一般人が、実験法や技術、そして実際に何が起こったのかをよく知ることが必要だ(クローンについてメディア―少なくとも活字メディア―は、平易な言葉で、よくわかるように説明してくれた)。次いで、この問題に関係のある全集団を議論に参加させよという、クリントン大統領からの委員会への命令を支持することだ。
※ 1948年世界人権宣言

 なるほどねぇ、確かにコンセンサスは難しいだろうなぁ。どうなっていくのでしょうね。

p273 遺伝子が同じために不和の起こりにくい(一卵性双生児のように)クローンが力を合わせれば、財産をどんどん増やせるので家族が増えても分配は減らないという考えもある。

 遺伝子が同じだからといって不和が起こらないのだろうか。一卵性双生児の実験や調査で証明されているのだろうか。あやしい。

p286 ところで、人間をクローンでつくれることになって、不妊が集団全体に広がるのは恐れるべきことなのだろうか。前に述べたように、進化という観点から、有性生殖が無性生殖より優れているのは、遺伝子が混ざりあうことで、未来の世代を共進性の寄生体から守れることだ。誰もが自分をクローンするようになったら、未来世代が有する遺伝的多様性は、現世代と同じである。そうなると、現世代の免疫的な防御機能をうち負かす能力を、進化によって身につけた寄生体が、そのまま未来の人の脅威となる。そしてクローンを何人もつくる人と、まったくつくらない人が現れると、将来の遺伝的多様性は現在よりも減ってしまう。遺伝的多様性はワクチンのようなもので、寄生物の蔓延に対する防御壁となる。ワクチンの投与を拒否する人と同じで、自分のクローニングをしようとする人は、自分の行動にどんなツケが回ってくるかわかっていない。医術が、寄生体と同じスピードで進化しない限り、時間の経過とともに、人類は病気に対してどんどん弱くなっていくだろう。

 これは非常に進化生物学的な意見で、かなり的を射た意見だと思う。しかし、これを一般の人に広く理解させるのは難しいんだろうなぁ。ワクチンを拒否する人の例よりも、抗生物質を必要最小限に抑えるのに理解を示さない人の例の方が適切かと。

theme : 哲学/倫理学
genre : 学問・文化・芸術

「現代人の起源論争―人類二度目の旅路」

 われわれ現代人の直系の祖先ホモ・サピエンス・サピエンスはいつ、どこで、いかにして生まれたか。白熱の現代人起源論争最新版。

 これまで人類は、二度、大きな旅をおこなった。まず70万年前…旧世界各地への旅。そしておよそ20万年前…新人ホモ・サピエンス・サピエンスによる新世界の征服。これはその、人類二度目の旅路の物語。彼らの…どのような生物学的革新が、また技術的革新が、そのような壮挙を可能にしたのか。
現代人の起源論争―人類二度目の旅路現代人の起源論争―人類二度目の旅路
(1997/05)
ブライアン・M. フェイガン

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 現代人の起原に関する2つの説をかわるがわる解説しており、非常に読みにくくつまらなかった。速読。

枝付き燭台説:私たちの新しい方の祖先は、世界の様々な地域、つまりアフリカ、アジア、ヨーロッパで、独自に、そして(枝付き燭台のように)平行して進化した。
ノアの箱舟説:私たちはアフリカで進化し、そこから出発して、地球全体に移住した。(私たちはかつて多少なりとも同じボートに乗り合わせていた)

この2つは、最古の道具使用人類が初めてアフリカで進化したという一般的見解を除いて一致するところはほとんどない。

theme : 自然科学
genre : 学問・文化・芸術

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AmateurD

Author:AmateurD
 進化生物学を学ぶアマチュアです。本業は数学教師です。ほとんど自己満足の日記と化してますが、コメントどんどん下さい。質問・議論・アドバイスも歓迎です。

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